トウガラシが日本に伝播したルート

日本への伝播

15世紀、コロンブスらによって中南米からヨーロッパに運びこまれたトウガラシですが、それが日本に伝播したルートについては、諸説があるようです。ひとつはいわゆる南蛮船による伝播の説、もうひとつは豊臣秀吉の朝鮮出兵が関わっているという説です。

  • 鉄砲とともにやってきたトウガラシ

    日本でトウガラシのことを唐辛子と書いたり南蛮と書くことにつながるとして伝えられているのが、中国にたちよってから渡来する南蛮船で、ポルトガル人の宣教師によって伝えられたという説があります。1542年頃とされていますが、今は身近なトウガラシが遥々ヨーロッパ経由で中南米からやってきたんですね。

  • 豊臣秀吉の朝鮮出兵で伝わった?

    まず、中南米からヨーロッパに伝わったのは確かなのですが、その後中国や朝鮮半島に伝わったのが早かったのか、日本に伝わったのが早かったのか、諸説分かれるところです。「高麗胡椒」という言葉も残っているように、朝鮮に行った秀吉の兵により日本に、トウガラシが持ち帰られたという説があります。

  • 朝鮮では倭芥子と呼ばれていた?

    「倭」とは、ご存知の通り日本のことです。倭国からはじめて伝わったので倭芥子とよぶという記録が残っているということで、日本から朝鮮半島に伝わったという説もあるようです。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、逆に日本から朝鮮半島に持ち込まれたという説です。

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